蒼い心と秋の空

移り変わりの多い蒼のブログです~話題いろいろであります。

怒りとかなんとか 

わしは基本的に喜怒哀楽が乏しいです。
私生活はね

唯一私が喜怒哀楽出せるのが


音楽です。


音楽に触れてる時が私の感情がほとばしるんです。
音楽は誰にでも平等に
伝わってくれるんです。

しかも、すっと耳に入ってくる気軽さもある。


多分わしは耳から産まれたんだろうなー
目から産まれた人は絵画を愛でるんだろう。


多分音楽がなければ無表情な人間ってなくらい自負がある。

だからこそ感情を表現できてる人が羨ましくも感じる。怒りにしろ、笑いにしろ、号泣にしろ
コロコロ表情が変わる人が羨ましくて
素敵だと思ってしまうんです。


何かと物事を見るとフィルターを通して上から見てる自分が居て
客観的な自分の言い分と
主観的な自分の言い分がせめぎあい
そこから答えを算出して

自分がいる。


そこには感情論というのはなく
ルールという縛り
感情論は心理学。

知り合いから蒼ちゃんが正論を言うと
周りが崩れるから言ってはダメと言われる。


好きな人からよく


お前の好きという気持ちが見えない。


というのをよく言われてた。
私としてはここがこうだから好きとか言ってたのに
相手からしたら

そうじゃないと言われる。
そうじゃないんだ!と怒られる

何が違うなのかよくわからない。


感情というのを置いてきたのは幼稚園の頃
近所のおねえさんから

お前ー草を踏むな!踏まずに歩けよ!

といじめられたことがある。

幼稚園の私は草を踏まなきゃ歩けないと
思ったがこれ以上言うと問題になること察して
何も言わずに我慢して
おねえさんの言うことを無視して帰った。らしい

このことをオカンに私は話したらしく
言っても意味無いから言わなかった…とこと時の気持ちを言ったらしい。
オカンはこのことをお前は大人だと自慢げに
話して武勇伝のように話してくれてた。

幼稚園のとき迷子になってハグれても悲しくもなかった
母親を探すこともせず
多分いつか別の大人の人が見つけてくれて食べ物くらいくれるさっていう気持ちでいた。

おかんから見つかった時は正直ガッカリした。


小学生の頃によく迷子になってたと親から言われてたが
むしろわざとはぐれてた気がする。
親にもいってない。

小学生の頃いじめられてたらしい。
学校の先生が心配して
蒼さんいじめられてますけど家で何が言ってませんか?と親に電話するくらい

親がお前はいじめられてるのか?と
聞いてきたが
いじめられてるという意識はなく
いやーーって言ってた。

頭の弱い人たちがなんか私に言ってるわーと
いじめてる人達の存在をなかったことにして
人間扱いしてなかったので
私には全くいじめという概念がなかった。

とりあえずこんな低レベルな奴らより劣るのが嫌で
こいつらよりも勉強頑張って、苦手がないようにスキがないように何かにがむしゃらに向かってた気がする。

だからできないものが全くなかった
そんな感じの小学生。


なんでも計算ずくの人生
感情は心理学。
統計学…

そう私の人生そんなん。

それを打ち砕いたのが音楽。

私は音楽がなければ人間らしい人間にはなれなかっただろう。

蒼ちゃんは優しいからと言われることが一番嫌い。


私は上のような人間ですけど
いや、ロボットですけど?


私の本質を見抜いてくれる人はいつやってくるのだろうか?

この30うんねん生きてきた中での学んできた
経験統計学で感情を動かし
そこから算出されたもので決断をしてきた。

情というものを捨て
情に憧れ
私はまた自分を上から眺めてる。

私が私になる日はいつ来るんだろう
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カテゴリ: その他

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