蒼い心と秋の空

移り変わりの多い蒼のブログです~話題いろいろであります。

音楽 

この前の

マニアックナイトで

音楽について考える。


人の音の始まりってのは
一人の人がリズムをとり
一人の人が旋律を奏で
それに合わせて誰かが自分の今の気持ちを
表現するために歌い
それに共感した人たちがハーモニーになって

それでみんなが楽しければいいってのが


音楽の原点。



だからね音楽に間違いはない
ってのが私の持論



以前マダさんがツイキャスで
歌詞を落とすと落ち込むって言ってた
確かに表現者としてその1曲を表現出来なかったのは
間違いだとは思う。

でも音楽として、歌人として
マダさんの気持ちがその歌の歌詞にフィットしてなかったのかもしれない
なにかに集中しすぎて落としたのかもしれない
(まぁ歌以外のことはダメだぜ)

そう思ったらそれは歌人としては成功なのだと思う。

例えばマダさんがライブの前日に彼女から振られたとしよう。(まぁマダさんが振られることはないと思うけどね、マダさんフル女を殴りに行きますよ(`_´) こらーこんな!いい男をーーって)
落ち込んでてもライブは始まるわけで
そして、セトリがどう考えてもラブラブな曲ばっかりだとしたら かげ絵とかgentlemanとか…

マダさん的の心情では多分私生活のことは消さなきゃと思いつつ舞台に立つでしょう。
振られた落ち込みを隠して、かげ絵とかgentlemanとか歌えと言われても
それは音楽として違うんです。

私は音楽は心と心の繋がりだと思うので
それをさらけ出してこその音楽。

私はそんな中でマダさんの心情を隠してまで
マダさんに歌われたらなんか
違和感しか抱かないと思う。
そこからマダさんは振られたんだなーという答えには行きつかなくとも
私は少なくとも違和感には気づく。ずっとマダさんの歌聞いて見てきてるので分かりますよ。
マダさんのことならば(Ŏ艸Ŏ)


振られた時はラブラブな歌を歌うなってわけではなく
心を閉ざさないでほしいってのがあるかな。
さらけ出してほしい。

そしたらきっと
それは私の心に響いいていつもと同じなのに
感動すると思う。


これは突拍子もない意見で多分今のライブとかコンサートでは許されないとは思うけど


今日さーこの曲歌おうと思ったけど
歌詞が今の心情じゃないから
変えて歌うなーみたいな

ライブ始まる前に
曲に詩をつけるわけ!

そうそう!コンサート毎に歌詞が変わる
歌!!

そんな歌を作ってほしい!!!メロディだけはあるの。
でもね歌詞が毎回変わるの
歌ってるマダさんの今の心情によって歌詞が変わるのね。

なんかそんな曲素敵すぎない!


多分毎回感動してると思う( ˃̣̣̥ω˂̣̣̥ )( ˃̣̣̥ω˂̣̣̥ )


多分、そんなこと出来るの玉置浩二さんだけだと思うんだよね。
私の音楽のスタンスが似てるというか
アーティストはあーでいて欲しいという希望…

アーティストは自分に一番自信を持ってて
わがままであるべきなのです!!

自分を信じてなければいいものは作れない
それは音楽家でなく漫画家だってそうだし
芸術家はそう。
そういうところが世俗では認知されないけど

そうしなきゃいいものは作れないんだから仕方ないじゃない!!


マダさんも存分にわがままで自分一番でいて欲しいんだけども、社会で生きていくためには妥協しなきゃいけないこともあるし
わがままだけでは生きれないところもあるわけだし
誰かによってマダさんの自信をへし折る人も出てくるかもしれない。
そん時はわしは多分その人殴りに行く!!!
マジでムカつくもん。

音楽は例え周りのファンが認めてても
マダさんの大切な人たちが認めてても
最終的には自分が認めて
それが合わさった時に彼の自信に繋がるわけで…
すべて褒めちぎるってもの違うんだよね。
ダメってものも合わさったら自信になるんだよ。

その中で音楽で最大限に表現してくれて
私はそれを思いっきり感じたいなぁと思うわけです。


要は音楽は型にハマったら面白くもなんともなくなるって話やな
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カテゴリ: その他

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